手塚治虫の『火の鳥』はストラヴィンスキーのバレエと関係あるのか?

 クラシック好きなら、みんな大好きストラヴィンスキーの『火の鳥』。ロシアの民話に基づくバレエ音楽です。筆者は、この曲を演奏する機会がある度に思うのです。「手塚治虫の『火の鳥』って同じ話?」って。気になるから読んでみたら、全く違う話でした。

火の鳥が同じなのか気になったかの漫画
いらすとやに火の鳥のイラストあって感動。

ストラヴィンスキーの『火の鳥』とは

 ストラヴィンスキーの『火の鳥』がどんなあらすじかは、まぁ、ざっくりと、ウィキペディアを引用させていただきます。

イワン王子は、火の鳥を追っているうちに夜になり、カスチェイの魔法の庭に迷いこむ。黄金のリンゴの木のところに火の鳥がいるのを王子は見つけて捕らえる。火の鳥が懇願するので解放するが、そのときに火の鳥の魔法の羽を手に入れる。次に王子は13人の乙女にあい、そのひとりと恋に落ちるが、彼女はカスチェイの魔法によって囚われの身となっていた王女(ツァレヴナ)だった。夜が明けるとともにカスチェイたちが戻ってきて、イワン王子はカスチェイの手下に捕らえられ、魔法で石に変えられようとする。絶体絶命の王子が魔法の羽を振ると、火の鳥が再び現れて、カスチェイの命が卵の中にあることを王子につげる。王子が卵を破壊したためにカスチェイは滅び、石にされた人々は元に戻り、王子と王女は結ばれる[5]

火の鳥 (ストラヴィンスキー) (Wikipedia)

 ざっくりいうと、王子が出てきて、王女が出てきて、魔王が出てくる話です。ファンタジーですね。で、手塚治虫の『火の鳥』はというと、ストーリーはまるで違いました。 イワン王子なんて出てこない。なんなら邪馬台国の卑弥呼が出てきます。

 ちなみにストラヴィンスキーの『火の鳥』は1910年。手塚治虫の『火の鳥』は1954年~1986年に作られたものです。

手塚治虫の『火の鳥』ってどんな話?

 手塚治虫の『火の鳥』は壮大です。ストーリーを説明しようにも“火の鳥”で繋がったオムニバスのようになっていて、一言では説明出来ません。邪馬台国の時代から、西暦3000年くらいの未来まで、いろんな話が出てきます。いろんな時代において、生きることに悩んだ人が描かれます。社会の有り様と自身の愛が両立できなくて葛藤する、そういった話が多いように思います。

 たとえば古墳時代。権力者が民衆をこき使って自分用のバカでかい墓を作ろうとする話です。民衆はこき使われているので、すごく苦しんでいる。権力者の息子である主人公は、父の行動をおかしいと思い、どうやったら止められるだろうと画策します。何がおかしいかって、権力者は自分の権威を示すため、古墳の周りに人々を生き埋めにしようとしているのです。

 未来に行けば、コンピュータに政治を任せている世界が描かれていて、コンピュータの指示により核戦争が起きます。人々は嫌だと言うけど、コンピュータに逆らってはいけないルールになっている。そして、世界中の人が一瞬で命を失ってしまうなんて話になっています。

 あらゆる時代に生きる人を、一定の距離から常に見守っているのが火の鳥です。火の鳥の生き血を飲むと不老不死が手に入れられます。どの時代の人も、火の鳥に憧れ、捕まえようとします。火の鳥は襲われそうになるけれど、人類を憎むことはしない。人類は殺しあい、滅亡しそうになることもある。そのとき、火の鳥は人類を残そうとする。

 っていうくらいに、壮大なストーリーです。筆者もまだ最後までは読み終わってないので、すべてを語れているわけではないですが、すごく広く、広いながらも人間が持つ普遍性を捉えている作品です。

ストラヴィンスキーの『火の鳥』がモデルらしい

 あー、ストラヴィンスキーの『火の鳥』関係ないやんけ、と思いながら読み進めていました。関係ないけど、漫画は漫画でとてもおもしろかったので。すると、5巻の巻末に「手塚治虫がどうして『火の鳥』を描いたか」が書いてあったのです。

 それによると、手塚治虫は子どものころから、「宇宙にエネルギーがあって、たまたま地球上の有機物質とつながったときに生命になる」という空想を持っていたそうです。死ねば、宇宙にエネルギーとして帰って行く。また何かのキッカケで別の命として生まれることがある。輪廻転生に繋がりそうな発想です。おとぎ話ではあるけれど、漫画なんだから、こういう話を書いてもいいじゃないと思ったそうです。

 そして、この実態のない「宇宙のエネルギー」を「火の鳥」として描いたというのです。なぜ、火の鳥だったのか。

 ストラビンスキーの火の鳥の精がなんとなく神秘的で宇宙的だったからです。

火の鳥5「復活・羽衣編」より

 って書いてありました。あああ、背筋に電気が走りましたよ。手塚治虫はストラヴィンスキーの『火の鳥』のバレエを見たのかもしれません。そして、舞台で火の鳥を見て、あの音楽を聴いて、「あ、これ、僕が思ってた宇宙エネルギーの音だ」って思ったのかもしれません。

 みんなが大好き『火の鳥』って冒頭に書きました。あの曲の何がいいって、言葉にするならば神秘的で宇宙的なところじゃないですか。そう思ってもう一度、手塚治虫の『火の鳥』を読むと、火の鳥と人間との距離感、火の鳥に魅了され捕らえようとする人、火の鳥が人間の心に語りかけてくる感じ、ああ、ストラヴィンスキーの『火の鳥』だなと感じるのです。まったく違う話ではありましたが、根底で繋がっていました。


 で、2020年2月11日。ストラヴィンスキー『火の鳥』を演奏します。詳細はFacebookで。アマチュア演奏家でも30年もやっていると、「あ、その曲2回目」みたいなことが増えてくるのですが、私にとって『火の鳥』は格別。たぶん5回目か6回目です。そして、またワグチューです。そうです。ワグチューのミュートの出番ですっ!え?ワグチューのミュートって何ですって?それは「続・ワーグナーチューバのミュートを手作りしてみた」をご覧下さいな♪

 ワッホイ、ワッホイ。