東京3大「モヤイ像」を見に行く 渋谷・蒲田・浜松町をモヤイ散歩

東京のモヤイ像
 高橋ホイコです。伊豆七島では新島がイチバン好き。
 「モヤイ像」といえば、渋谷が有名です。「モアイ」じゃなくて、「モヤイ」だよというのも知っている人は多い話ですが、実は渋谷以外にも浜松町と蒲田にもあるのはご存じでしょうか。
 よく通りかかるものの、まじめに比較したことはなかったので、3カ所のモヤイめぐりをしてきました。

モヤイ像ってなんぞ?

 東京の離島、伊豆七島の1つに「新島」があります。ここに行くとモヤイの謎が解けるのですが、とりあえず、新島にはあり得ない量のモヤイがあります。
新島のモヤイ像
 島中モヤイだらけ。

 元々コーガ石という白い石が取れる土地だったため、石が有り余ってるんでしょうか。砂浜にもモヤイ、展望台登ってもモヤイ。
石山展望台のモヤイ

 離島というのは、土地もやせていて、水不足にもなりやすい。噴火、豪雨など天災も多い。そのため昔は本当に生活に苦労したそうです。そんな大変な暮らしを支えた言葉が「モヤイ」。苦しい生活も「みんなで支え合って何とかしよう」という思いがある言葉です。

 「それにしても、作りすぎ。」地元の人もそう言ってました。
新島の海岸のモヤイ

浜松町のモヤイ

 で、その新島が自分の島だけに置いておくのも置く場所なくなったんですかね。都内の色々なところにプレゼントしています。

 まずは浜松町、竹芝桟橋です。竹芝桟橋は伊豆七島や小笠原への定期船が出発・到着する場所ですので、南国感あふれる植物が生えていたりと旅の気分を盛り上げる演出がされています。
竹芝桟橋入口
 竹芝桟橋の入り口右にあるのが、モヤイじいさん。
浜松町のモヤイ
 付近を見渡しましたが、由来とか書いてある看板はないですね。しかし、この石像はどうみてもモヤイだと思うんです。

 左にはモヤイねえさん。新島の石山展望台にいたモヤイに似てるー!
浜松町のモヤイねえさん
 モヤイさんたちって無表情なんですよね。笑えばいいのに。このモヤイねえさんは、裏にも顔があります。裏の顔っていっても、表の顔とだいたい同じですが、裏に顔があるのは今回初めて知ったぞ!ちなみにじいさんには裏の顔はありません。
浜松町モヤイねえさん裏の顔

 浜松町はモヤイについて特に説明する看板も見つかりません。竹芝桟橋をうろうろしても、ここ以外にモヤイを感じさせるスポットもなく。なんとなく置いてある感じになっています。

 駅から竹芝桟橋に向かう途中の歩道に、島を説明する看板を見つけました。何回か通ってますが、初めて気づきました。

御蔵島

御蔵島の説明

御蔵島に見られるツゲは、葉が大きくて厚く、樹高5mもの大木になり、ベンテンツゲといわれています。この名前の由来は、御蔵島産のツゲが、江戸時代に女性の櫛の材料に使われ、その材質、木膚の美しさが大奥女中達を魅了したことによります。材は黄色をおび、木質は均一緻密で堅く、木目は様々な紋様を表しています。用材として利用できるまでには、風雨に耐え忍び、80~100年ほども要するといわれていますが、高級将棋駒、こけし、印章、櫛等に利用されています。

 こんな看板あったことには気づかなかった。見上げたここに生えている植物はツゲなんでしょうか?
ツゲなんだろうか?

八丈島

 隣に八丈島もありました。
八丈島の説明

八丈島では、ソテツに咲く花を「赦免花」と呼んでいます。昔ソテツに花が咲くと不思議なことに、その年は何人かの流人が必ず赦免状が届いたのでそう呼ぶようになったのです。赦免花が咲いた年、流人達はあたかも恋人を待つかのように、今度こそ自分が赦免されるのではないかと、ご用線が吉報を持ってくるのを一日千秋の思いで待ちこがれたのです。

 いい話だ。
 伊豆七島は江戸時代の流刑地だったことから、訪れると流人が影響した文化が多く見られます。貧しかった島で一緒に何とかしようと流人もがんばってくれたようで、結構愛されています。

 で、見上げたこれが、ソテツなんだろか。そこは良くわからない。もしこれがソテツで花が咲くことがあったら、なんかニュースだな。
ソテツ?

小笠原諸島

小笠原諸島の説明

 小笠原諸島は、東京から南南東へおよそ1000~1300kmの太平洋に散在する大小30余りの島々からなり、そのうち、父島と母島に人が住んでいます。亜熱帯気候に属し本土では見られないガジュマル、タコノキ、ビロウ等の樹木やムニンデイゴ(島の花)、ハイビスカス、ブーゲンビリアの花々が一年咲き誇っています。
 透き通ったコバルトブルーの海には、色鮮やかな魚の群が泳ぎ、イルカや海ガメも見られます。一年通し海水浴、釣り、スキューバダイビングが楽しめる、マリンスポーツのメッカといえます。

 で、ハイビスカスに囲まれているかというとそうでもなくて、東京の街路樹でよく見かける植物に囲まれてました。

 隣に青ヶ島の説明もあり、こうなれば新島、そう、新島のモヤイの説明もどこかにあるかもしれない。と戻って探したのです。

 まず見つけたのが、埋もれてた三宅島。

三宅島

三宅島の説明

三宅島の東部は雄山の噴火による溶岩原や海底噴火の跡が荒々しい景観をつくり、伊豆諸島の中でも独特のムードを持っています。
 このコーナーに設置してある火山弾は、昭和15年にひょうたん山(64m)が噴火した時のものです。色の違いは冷え固まる時の化学反応の違いによるものです。また島全体が野鳥のパラダイスとなっていて、バードウオッチングが楽しめます。あと三宅島で忘れてならないのがアジサイです。6月中旬頃が花の盛りで、島のあちこちが淡い水色で染まります。

 火山弾が設置してあるだと!?

 これか・・・。結構大きい岩が置いてありまして。こんなものが飛んできたらそりゃあ、たまらん。と思うのです。
火山弾
 表面が赤くなっていたりするのが、色の違いってことなんだろうか。
火山弾の表面

新島

 そして、そして、よく見たら見つけた新島の説明です!埋もれすぎ。
新島の説明

新島と式根島二つの島からなっています。新島は白い砂浜や坑火石が有名で、特に羽伏浦海岸の約6kmの美しい白浜の海岸はほかに比べようがありません。また坑火石は水に浮くほど軽く(比重0.73)、島のあちこちにこの石を長駆して作ったモヤイが見られます。このモヤイとは力を合わせるという意味の島言葉です。近年新島はマリンスポーツの島として脚光をあびています。

 モヤイの説明キタ━(・∀・)━!!!!

 というわけで隣にあった、このウミウシ的な何かもモヤイなんでしょうか・・・。これは、なんなんだろう。けもフレのアレにも似てて、新島はモヤイパークなのだ。
ウミウシモヤイ

 ちなみに、大島、利島の説明はマンション開発でつぶされてる様子。説明書きがありそうなところは、ガードレールになっていました。なんだかなあ。
開発された歩道

蒲田

 JR蒲田駅東口のモヤイを見に行きます。駅前ロータリーのど真ん中にあります。駅前なのに気づかず通り過ぎている人も結構いるのでは。私は大田区民ホールアプリコ行くときに余裕があれば愛でてから行きます。
JR蒲田駅
 浜松町のモヤイじいさんとだいいた同じ顔をしています。喫煙所に押されてモヤイスペースが手狭になっています。めっちゃもくもくしています。ショッピングカーが捨てられているのも蒲田っぽい。
蒲田のモヤイじいさん

 このじいさんは、裏の顔もあって、裏側は浜松町のモヤイねえさんと似ています(喫煙所の皆さんにはフォトショで消えていただきました)。
蒲田のモヤイねえさん
 蒲田には説明書きも書いてあります。「共同して仕事に当たる」というモヤイ精神が説明されていますね。「モヤイは歴史とロマンを秘めた言葉である。」ってよくわからん説明です(笑)。
モヤイの説明

 昭和59年から蒲田東口商店街再開発のため「モヤイ合う力」を呼びかけてるんですね。蒲蒲線ができるとなると、この辺りも変わるのでしょうか。何でもいいけど「モヤイ合い」ってなんか、この言葉使いたい。「ケンカしてないで、モヤイ合おう!」ってアニメ作っていいよ。モヤイパーク。

渋谷

 で、渋谷です。南口は大工事中でホントにわけわからなくなってますね。迷路すぎて東横線降りてからどり着くのに10分以上かかってしまいました。
工事中の渋谷駅南口
 渋谷のモヤイは、モヤイねえさんです。浜松町や蒲田よりも少し大人っぽいですね。花もきれいに咲いてます。
渋谷のモヤイねえさん
 このモヤイ、裏の顔はモヤイじいさんです。裏側の植物はあまり手入れしてないっぽい。
渋谷のモヤイじいさん
 そして、ここも喫煙所が迫ってきてます!渋谷駅って南口の喫煙所が消えて、ハチ公口の喫煙所も消えて、モヤイの後ろに新設されてたんですね。追いやられた喫煙所を受け入れてくれるのは、モヤイだけなんでしょうか。

 ここにも「モヤイは歴史とロマンを秘めた言葉」って書いてありました。
渋谷のモヤイの説明

喫煙者もモヤイ合い

 不思議なことに喫煙所を引き寄せていた東京のモヤイ像たち。喫煙所にできる場所もどんどん減っていて、少ないもんだから集まったところがさらに煙くさくなって苦情が出てということが起きています。大変なときこそモヤイ合い。モヤイが「僕の後ろを使ってください。」と言っているようでした。モヤイは本当にかわいい。この3カ所以外のモヤイ情報もお待ちしております。
ワッホイ。ワッホイ。